舌にキノコが生えた4
洗面台の鏡で舌を見る。すっかりツートーンだ。先の方が少し白っぽい。ピンクの舌の先だけ白って、フレンチネイルみたい。ぐにゅぐにゅして爪とはまるで違うけど。白部分が義舌ってことか。割りと器用に動く。意思と関係なく動き過ぎる感もある。変なものだ。
突然バスルームのドアがノックされた。「帽子とその口紅もお願いしま~す」と外から声がかかる。「オッケー!」と応え赤黒い口紅をはみ出し気味に塗って、帽子も被る。金属製の鈎十字がついてる。卍が逆さまみたいなやつ。こんなもん何が面白いんだろう、いや、疑問という文字を頭から消すのがあたしの仕事だ。
ドアを開ける。ここ高輪のホテルの部屋で男が直立不動でこちらを見ている。「ルキ将校様、大変お美しいです!」と男は叫ぶ。「そう?お前は汚いわ」「はっ!お目を汚して申し訳ありません!」とお決まりの会話をする。
これは音楽だけでは食えないあたしのバイトだ。変な妄想を持つひとの、願望を叶える遊びのお相手をする。数軒の店舗勤めを何年かしてフリーになった。店舗時代、お客さんは店に内緒で名刺をよくくれた。裏にはメールアドレスや携帯番号が手書きされてた。金払いがよくてヤリがいのあるひとにメールしてみた。面白いほど食いついてくる。店を通すより安い金額を提示すれば、じゃ、いつにする?とすぐに仕事になった。お世話になった店長やオーナーには悪い気もするが、上前をかなりはねて彼らは生活していたのだから、今更いいだろうと解釈している。
今日のひとも常連さん。軍服マニア。女にはナチスの将校になってほしいらしい。あたしに合う軍服もずいぶん探してくれたが、どれもぶかぶかなので洗濯挟みで留めて着る。ナチスの完璧なのはネットでも見つけにくいそうで、さかさまの卍マークワッペンをくっつけたり、オーダーアクセサリー屋で作ったりするらしい。気合い入ってる。
あたしは男の前の椅子に偉そうに足を組んで座る。「点呼」と言うと、男は一瞬にして緊張し、「1!、2!、3!、4!、5!」と叫ぶ。「お前ひとりで点呼してもしょうがないでしょ」と冷たく言うと、「はっ!申し訳ありません!いち~!ニイ!さぁん!ヨン、ごっぉ~」など声音を替え、立ち位置まで移動しながら、ひとり芝居をしている。何度見ても吹き出してしまいそうだ。笑っちゃ駄目だ。お客さんは真剣なのだ。
「総督の命令でお前はガス室行きに決まった。服などいらんだろう。全部お脱ぎ」と言うと、充血した目を輝かせている。
あたしは注射針を取りだして準備する。消毒用エタノールを含ませたコットンで男の硬くなった乳首を拭く。「将校殿!ルキ様~何をなさるんです~」って、あんたがわざわざ持ってきた道具じゃないか。針を硬直したところに刺す。まずは横、次は縦、貫通した針がちょうど十字になる。「あ~あ~」と痛いのか嬉しいのかわからない感じ。だけどヨダレ垂らしてるから嫌ではなさそうだ。おもちゃで振動させたり遊んでから、抜いた。赤い糸みたいな血が流れる。「綺麗だね」と言うと男も満足げだった。
シャワー室をガス室に見立てて逝って頂いて終了。シャワー浴びて出てきた男に、すぐ消毒用コットンと絆創膏を渡し「消毒しといた方がいいですよ」と一応言ってみる。でもあまり関心なさそうで、「あ~気持ちよかった~」とベッドに倒れ込んでいる。
あたしもバスルームに消えさっさと私服に着替える。部屋に戻ると男はまだベッドの中だ。「ありがとね。これ」と封筒を渡される。失礼なので確認はしない。いつも三枚入ってる。「ルキちゃん、飯でも喰ってく?」、「今日は帰ろうかな。でもまた是非ご一緒させてください」、「じゃ、また来月ね。お疲れ!」と、それまでやってた諸々のえげつなさなど、なかったかのような会話でさようならをする。
品川まで坂を下った。水族館に寄って行こうかなと思った。
※これは完全なるフィクションです。
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