ぼた~ゆき~
こな~ゆき~♪って歌があったけど、あれは正しい。ぼたゆきじゃカッコ悪い。確かに。ロックやポップスにならない。
ぼたゆきが連想させるもの。寒い日本海の漁場の町。夜11時30分、群青色の煤けた布に「あけみ」と白く筆で書かれた暖簾をくぐり、古い木の引き戸をガタガタあける。薄らぼんやりした裸電球に照らされたカウンターが見える。
カウンターの上には茶色い惣菜を盛った大皿や芋焼酎の瓶だけではなく、地方紙の夕刊や子供用玩具が雑然と置かれている。客に気付いた「あけみ」さんは急いで新聞や玩具を脇によける。
「あら、今日は遅いのね。おビール?それともお酒をつけた方がいいかしら。」などとダミ声で言う。
あけみさんは小肥りだが愛嬌のある顔立ちで男好きする。都会で悪いひとに騙され借金の連帯保証人になってしまったひとだ。悪いひとの前の前にあたる男と作成した子供は、もう小学生になっている。
子供の身を案じ、取り立てから逃げるようにこの地にやってきた。苦労人はひとに優しい。俺の過去も詮索しようとしない。
IT業界の寵児と呼ばれ、時代を操っているかのような錯覚していた日々。どこへ行ってもチヤホヤされ、テレビのコメンテーターにもなった。ベビーフェイスが功を奏し、主婦層に「可愛い」と評判になった。時々舌が回らないと、お笑い芸人に突っ込まれ、そのうちにテレビでの露出も増えるようになった。
外車を数台所有し、転がすだけのマンションも数件持つことができた。しかし、ふとした瞬間に足を掬われた。側近だと思っていた男の方が一枚上だったのだ。考える間もなく地獄に陥った。泥沼の裁判にマスコミの好き勝手な憶測。金も失い、家族とは音信不通。執行猶予つきだが前科者にもなった。周りは全て敵の顔に見えるようになった。
ここ「あけみ」の当たり障りのない会話、それは過去の自分だったら無意味だと小馬鹿にしただろう低次元のものだ。だがそんなものにどれだけ救われてきたか。だからこんな取り柄もない店に、ただの小汚い職人見習いと偽って、通ってしまうのだ。
今夜もあけみさんは言う。「ねえ、夜半にはぼたゆきになるって。ぼたゆきは積もらないから好きよ。夜に生きる女の涙みたいじゃない?」
どこかで聞いたような安い台詞。だがどうしてか、胸が焼けるようにに痛くなってくるのだ。
私は演歌の作詞家を目指そう。