通院日。特に体調は悪くない。むしろテンションが上がり気味で、生き急いでいるような焦燥感がある。
ヒヨコ(大久保で自費診療で変な治療する医者)は「最近、元気なんじゃない?君は」と言う。「元気というか焦ってる感じ」とあたしは言う。
「フッフッフッ、PRP仕込んどいたからね、君の舌に」としたり顔。「要するに血小板を濃くしたやつが入ってんのよ、成長因子だからさ、君が鬱だろうが死にたかろうが、舌は若返り続けて元気に動き回りたがるわけ。僕の学説、舌と能の機能連結ってのだけどね、それも近々立証できるかもなあ」と訳のわからないことを喋ってる。
面倒なので口を挟む。「でまたキノコが密生してきたからカットしてくれますか?」と。ヒヨコはつまらなそうにメスを持ち出してくる。あたしが口を開け舌を思い切り出すと、何の躊躇もなくキノコカットを始める。「これ抜かない方がいいからね。たまにカットしてりゃいいよ」と言う。エノキタケの小さい版みたいなのがぽろぽろ落ちる。痛くも痒くもない。
すると突然、携帯電話がブルブルした。キノコカットも終わったようなので電話に出る。
「ルキ?今へーき?前にちょっと話したワンちゃんが、私とルキと三人でやりたいって言ってんの。どう?」このアニメ声は菜摘だ。馬鹿っぽい声に反し菜摘はラテン系の顔した美人だ。身長は155cmと小柄だがボリュームがあって、トランジスタグラマーとかいわれる女だ。
「つーかさ、ワンちゃんて何?吉川んとこの客?」と聞く。客に愛情もった呼び方すんじゃねーよ、この女は客のいいなりになってんのか、客なんかクソ1、クソ2とか分類しとけばいいんだよ、と口には出さずにプレイ日のすり合わせをして電話を切る。吉川ってのは変な嗜好を持つ客相手に女を派遣するやつで、麻布に事務所を持っている。あたしはポン引きヨシカワと呼んでいる。キャバクラの仕事に疲れてた菜摘をこっちの世界に引き入れたのはあたしだ。
菜摘とは旧い付き合いだ。10代の頃に撮影会で会ったのが最初。井の頭公園だった。撮影会に出るのは、アイドルもどきだったり女優の卵だったり、言うなれば芽の出る予定は皆無の、垢抜けない若いだけの女たちだ。オタクっぽいアマチュアカメラマン相手にポーズを取って四方八方から撮影されるのが仕事。この日も10人くらいの女がミニスカートや水着じゃねーかそれ、みたいな服を着て嬉々として参加してた。
昼休みは公園近くのお好み焼き屋へ連れてかれた。主催者のオッサンは、若い女の子はキャッキャッと楽しそうに仲良く昼ごはんを食べるものだと決め付けている。だから狭い店内にブロイラーの如く押し込まれ、ベルトコンベアーで回ってくるかのようにお好み焼きとオレンジジュースが支給された。あたしたち女が仲良い訳などありえない。腹の底で思ってることは三つの言葉だけだ。ブス、デブ、死ね、って三つ。
食事時は最大の危険性がある。「あ、ゴメン!」といってソースやマヨネーズを隣の女の衣装にこぼそうとするなど日常だ。なので適当な距離を保ち恨まれないようにするのが鉄則。
あたしの皿にも小型の冷えたお好み焼きがやってきた。思わず「ビールもなくてこんなもん喰えるか」と呟いた。すると隣から「だよね~、オレンジジュースとかふざけてるよね」と返ってきた。それが菜摘だった。意気投合して撮影会が終わったら飲みに行く約束をした。
夕方に終わって着替えたらあたしも彼女も地味なジーパンTシャツ姿で笑った。これならオタクカメラマンたちにバレそうもないねと、公園内の寂れた売店兼飲み屋みたいとこに入った。池を眺めながらチューハイ飲んだ。
彼女は地方出身者で専門学校行きながら女優を目指してるという。「女優になる専門学校なんてあんの?」と聞くと、違うらしい。デザインだかカラーコーディネートだかをやってるそうだ。ふ~ん、と聞いてたが段々酔いが回って、彼女の夢などどうでもよくなってきた。結局、吉祥寺の街へ繰り出しタイ料理屋やハーモニカ横丁のバーやらで飲み続け、その日のギャラ以上の金も使ってしまった。
菜摘は女優になることは早々に諦めたらしい。専門学校出てからもインテリアなんとかやスピリチュアルなんとかの勉強をして、夜は自宅マンションの最寄り駅にある立川のキャバクラで働いてた。
あたしが出るライブハウスにもたまに遊びに来た。帰りに飲みに行くと「ルキはいいよね。やりたいことがはっきりしてるし。でもお金って大丈夫なの?」と言う菜摘は肌が荒れて目の下には灰色のクマがあった。「あたしはフリーのバイトやってんの。リスキーだけど水商売よりは金になるし、夜遅くまで濃い化粧しなくてもいいし」と言うと食いついてきた。それであたしの客の中でも楽なやつを数人紹介した。綺麗なおねーちゃんなら特に難しいことを求めず、本番もせず金払いがいい客。そしたら味を占めたのか、菜摘はあっという間にこっちの世界のひととなった。今ではあたしに三人プレイの依頼までしてくる。
来週の金曜か。久しぶりだなと思った。
※これは完全なるフィクションです。
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